アライグマって言うけどさ。パワハラから生まれた10数年の負の連鎖

人を救う仕事

夜遅くに職場の同期から突然のLINE

「突然ですが、この度仕事を卒業することになりました。今までありがとう。そしてこれからも友としてよろしくね。」

慌てて電話をかける。

 

 

東日本大震災が発災した直後

数時間も経たないうちに僕の同期は宮城県へと向かった。

消防緊急援助隊

ほぼ24時間をかけて到着した被災地は皆さんの記憶にあるとおりだ。

一週間後、過酷な現場から戻ってきた同期は、目には見えないキズを負っていた。

そのキズは、家族にも、本人にも、誰にも見えないキズだった。

 

「宮城県へ向かう」という内容だけを受け出発。

家族への連絡もしっかりとできないままに東北へと向かった。

誰も見たことがない凄惨な被災地の状況を目の当たりにして活動にあたる。

福島原発の爆発以降は、放射線という見えない恐怖を浴び続けた。

元々は冒険少年的なわんぱくで、好奇心旺盛な男であった同期。

 

そんな彼に変化が生まれた。

 

被災地派遣から帰ってくるとひたすらに手を洗い、うがいをし、身の回りの掃除に勤しむようになった。

被災地派遣で使ったものも、帰宅してすぐに全て捨てた。

それからというもの彼はまるで別人格になったかのように人が変わったそうだ。

 

一年が経った頃だったか、部署が違う僕のところまで彼の職場における異変が伝えられるようになった。

「同期さんおかしいですよ。毎日ひっきりなしで手を洗ってばかりで仕事をしないんです。ポタさんからなんか言ってあげてくださいよ。」

同じ部署ではなかったし、悪い噂が大好きな職場にあって、僕は気にも留めなかった。

それでも家族ぐるみのキャンプや旅行には行っていた僕は、「綺麗好きになったのかな?」という印象以外に、違和感はなかった。

 

発災から約3年後

同期からの突然のLINE

「ポタ助けてくれ。もうポタしかいないんだ。」

異様な雰囲気に驚きながら、後日ふたりで飲むことにした。

 

待ち合わせの時間

居酒屋に現れた同期はまるで別人だった。

動きがぎこちなく挙動が不審。

言葉が上手く出てこない様子で辿々しく話す姿は、僕が知っている同期とはまるで別人だった。

 

出てこない言葉を必死に話そうとする同期。

聴く側とすれば非常にもどかしい状況なのだが、僕にはそのもどかしさを感じる余裕さえなかった。

今にも人が、人格が、崩れ落ちてしまうような危うさを感じて。

同期が発する言葉を取りこぼさないように、全て拾い上げながらひたすらに聴いていた。

 

そこで気がついた。

言葉が出ないのではなく、「使える言葉」を選びながら必死に伝えようとしているんだと。

 

同期は大学時代に、日当の良さに惹かれて解体現場のバイトをやっていた。

その当時はまだ何も問題視されてはいなかったが

後に「アスベスト」による健康被害が社会問題として取り上げられるようになった。

アスベストによる健康被害は、石綿を吸い込んでから約30年以上の長い潜伏期間を経て発症する。

もちろん同期がバイトしていた当時は、そんな認識もなかったことからマスクなんてせずに、タオルを口の周りに巻いていたくらいだった。

 

アスベスト問題が取り上げられるようになってから

同期の心の片隅に小さな「不安」が付着するようになっていた。

 

東日本大震災活動後の同期の異変は、この小さな「不安」が影響したものだった。

見えない放射線。

「自分はまた恐ろしいものを身体に浴びてしまった。」

 

大好きな奥さんとの結婚

可愛い息子の誕生

家族が楽しく暮らすマイホーム

大切にしたい存在と幸せな暮らしがあるのに

自分は家族を残して早死にしてしまうかも知れない。

早死にするだけならまだしも、家族に放射線を浴びさせてしまうかも知れない。

「自分のこれまでの行いで家族を不幸にさせてしまう。」

 

その気持ちから同期は

被災地派遣で使用した物を全て捨てた。

放射線を浴びた物を大切な家族にまで浴びさせたくなかったから。

手を洗ったり、お風呂が長くなったりしたのは

自分自身を綺麗にしなきゃ家族を汚してしまうから。

 

家族を守るために必死だった。

 

そんな彼の「守る」行為が

職場の上司たちには「面白かった」。

格好のいじめのネタになった。

 

上司Aによる執拗な叱責や集団での無視が毎日続くようになった。

当時、影響力の強かった上司Aは、他の部署の仲間を駆使してまで執拗に同期を傷つけ続けた。

上から下への「個」対「個」では飽きたらず

強から弱への「集団」対「個」への環境を創り上げた。

 

それでも同期は

危険なアスベストを吸って来たのは自分の責任。

放射線を浴びてしまったのも自分の責任。

それを他の人に移したくなくて、不器用な態度を取るしかできなかったのは自分の責任。

上司や他の人たちから責められるのも、全て自分の責任として受け止めた。

 

だから上司Aから何をやられようとも、同期は必死で耐え続けた。

必死で耐えていく中で、同期が陥ってしまった精神的な負の連鎖がある、、、。

 

初めは上司Aの名前だった。

「山田 太郎」(上司の仮称とします。)

この漢字が読めなくなり、そして見ることができなくなった。

次に

上司Aの車などの所有物が見れなくなった。

上司の車が、黒色のトヨタ車だとすると

黒色の車が見れなくなり、トヨタ車も見れなくなる。

次に

上司Aと一緒になって悪さをしてくる上司や先輩がいると

その人たちの名前が見れなくなり、その人たちの所有物も見れなくなる。

そして

上司Aや悪さをしてくる上司や先輩たちと、会話をしている人を見ると

その人たちの名前や所有物まで見ることができなくなっていった。

 

つまり

生活の中であらゆるものを見ることができなくなっていった、、、。

 

文字が怖くて見れないから当然に仕事はできない。

でも迷惑をかけたくないから必死で目を開き、処理をするが時間はかかるし気分が悪くなる。

出勤しようと車に乗ると、周りは見れないものが溢れていて怖くて仕方がない。

 

唯一安心して過ごせたのが、家族と暮らすマイホームの中だけだった。

大好きな奥さんと可愛い息子。

そこだけは守りたかった。

 

けれど

執拗に続く上司Aたちからのいじめの影響は、マイホームという唯一の安全な空間まで侵略するようになっていった。

息子に読んであげられていた絵本さえ読めなくなる。

家の中の文字や色さえ見れなくなっていき

そして何も見なくて済むように、部屋に篭るようになった。

もちろん、家族にはその異変を気づかれないように隠して。

 

必死に話そうとしてくれる同期の言葉を聴き

情けないけれど僕は号泣した。

 

真っ黒で分厚くて大きな壁のようなものが、何枚も何枚も同期の周りを囲っているように感じた。

光もない

音もない

真っ暗で静かな空間の中で廃人のように一人座り込む姿が見えた。

 

「人」じゃなくなってしまうその前に

最後の最後で必死に送ってくれたのが僕へのLINEだと知った。

 

「不思議なんだけどポタの名前だけは読めるんだよ。文字が怖くて仕方がないんだけどポタの漢字や文字だけがそれを打ち消してくれるんだ。」

言葉はうまく発せられないし

目の焦点だって合わない。

それでも僅かな希望を僕に託してくれたと思うと泣けて仕方がなかった。

助けて 希望

 

 

拳が砕けようとも爪が剥がれて血が出ようとも

必ずその分厚い壁をぶっ壊してやると約束した。

光を浴びて良い。

新鮮な空気を吸って良い。

またわんぱくな冒険少年に戻してやると。

 

時間をかけていいから、まずは奥さんに全てを話すよう伝えた。

長く奥さんを、家族を守ろうとしてきたことは、僕には到底真似の出来ない素晴らしい優しさだと思う。

その強く不器用なまでの優しさが、これまでの生活を苦しめたかも知れないけれど、必ず奥さんには伝わると信じていた。

 

しばらく経って同期から会いたいと連絡が来た。

「奥さんに全て話したよ。そしたら、気づいてあげられなくてごめんと、一緒に泣いてくれた。もっと早くに相談してくれれば良かったのに。と泣きながら叱られちゃった。」

そして同期は病院へと通うようになった。

出された診断名は「強迫性障害」

 

診療手段のひとつに、目に見えない「怖さ」を具現化して「見る」ことから始まった。

自分の中で悪さをする「怖さ」を具現化して、自分の中に住む「他人」として関わっていく。

それを時間をかけて、自分の外へ出していく治療。

 

どれくらい経った頃か。

またふたりで居酒屋へ行った。

いや、3人かな。

 

僕と同期と「脅迫さん」の3人で笑

まだギコちはないけど、昔の同期に戻りつつあった。

冗談も言えるし目も生きてた。

向き合う僕と同期。

そして同期の肩の上の方にいるらしい「脅迫さん」笑

 

「悪さをする脅迫さんが、もう俺の外にいるから普通に近い生活が送れるようになったよ。毎日俺のそばにいるんだけどね笑」

と歯にかんだ笑顔で話してくれる同期。

 

「おいおいおい。俺という親友が居ながら、何を勝手に親友作ってんだよ!笑」

なんて冗談すら言えるようになった。

 

東日本から始まった同期の優しさと誠実さが生んだ「負の連鎖」

もうきっと大丈夫だろうと思っていた。

 

今年度、同期の職場のメンツを見た。

かつて上司Aと一緒になって同期をいじめていた人間が、彼の上司として配置されていた。

これまで以上に「大丈夫か」と声をかけて来たけど、その度に「大丈夫だよ」って言ってくれていた。

でも、やっぱりダメだったようだ。

この仕事からの卒業を選んだ同期。

 

電話で話しててやっぱりこの男は凄いと思った。

誰を責めるわけでもなく

ただただ自分の至らなさを詫びていた。

たくさんの人に迷惑をかけて申し訳なかったと。

本来なら守って引っ張っていくポジションにありながら、後輩たちに助けられてばかりで申し訳ないと。

そして、ありがとうございましたと。

 

職場での壮絶ないじめを経て始まった彼の「手を洗う」動作。

僕からすれば彼の手を洗う動作は、家族や職場の仲間を「守る」ための優しい行いだと今でも思っています。

 

でも、職場での見解はそうではなく

「手を洗ってばかりで、仕事をしないヤバイ奴」

10年以上続けてきた「手を洗う」動作は、職場の人間からすれば

見ててイライラした人間もいるだろうし

バカにする良いネタでもあったことでしょう。

20代の若い職員からも

「アライグマむかつきますよね!」と苛立ちを口にされたり、バカにされたり酷いもんです。

 

同期が職場を退職する話は、翌々日には広まっていて、部署が違う僕のところまで届いていた。

若い職員から中堅職員まで口を揃えて、言いたいことを言っている。

そりゃ10数年来、職場に「迷惑」をかけて来たんだろうから、仕方のないことだろう。

 

でもさ、口に出さない優しさがあってもいいんじゃないかな。

聞けば大半の職員が「噂話」だけを聞いて、苛立ってバカにしているだけだ、、、

誰もが「迷惑」をかけられてきた訳じゃない。

 

だったら黙ってろっての。

同期を悪く言われて笑顔で居られるほど僕は人間ができてはいない。

悪く言った子たちには一人ずつ話した。

 

同じ環境で自分なら耐えられたか。

それでも人を悪く言わずにいられるか。

守ってきただけの人間がなぜ悪く言われなきゃならないのか。

 

アライグマって言うけどさ。

頼むから最後の最後くらいバカにしないで送り出してやってくれよ。

 

僕たちの仕事は人を救い守るのが使命。

そのためには一緒に活動する仲間の力が必要だ。

如何なる理由があっても、仲間をバカにしちゃダメだし、キズつけて笑うことなんて絶対にしちゃダメだ。

仲間を大切にしなきゃ良い活動はできないし、災害で傷ついた人を救えるチャンスを逃してしまう。

だからみんな仲良くしよう。

みんなで力を合わせて仕事に専念しよう。

もういじめもパワハラも全て無くしていこう。

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