悲劇のヒロインを演じるには。

家族の時間

ボランティアを終えて21時過ぎに家へ帰ると

家の中の空気が違ってた。

いつもならワンワン吠えて尻尾を思い切り振りながら

クシャっと満面の笑みで迎えてくれるぽたろうが吠えてこない。

明かりを落としたリビングの片隅には奥さんが立っていた。

 

「おかえり。」

と元気の無い声に

疲れ果てたような、魂が抜け落ちたような表情を見せる奥さん。

 

「ただいま。どうしたの?」

と僕の言葉を機に

ポロポロとぼろぼろと泣き出す奥さん。

涙と一緒に言葉が吐き出て来やすいように背中をさする。

 

夕方に僕の両親と、長女のスマホのことで揉めたようだ。

 

じいじとばあばは「孫にスマホを持たせたい。」

僕と奥さんは「中学生の間は必要がないから持たせない。」

長女が中学生に上がる頃にも少しだけ拗れた内容だ。

 

今回は僕が留守の間に、じいじとばあばがその内容について奥さんに問い正したようだった。

「なぜ孫にスマホを持たせない?可哀想じゃないか?」

 

長女の性格はよくわかっている。

産みの母親に似て「外面が良い」

家庭内ではダラけてばかりで、お手伝いというものをやるような子ではない。

頼んでいないことはもちろんやらない。

頼んでいたことでさえやってはくれない。

 

子どものそんなことは家庭内のことだから当然のこと。

学校や交友関係で気が張った分を家で解消できているということなのだから。

僕はそれで良いと思ってる。

 

ただ長女が難しいのは「悲劇のヒロインを演じる」ことだ。

 

家の中で家事やお手伝いを毎日やっているのは自分だ。

妹は動かないし母親も父親も酷いけど、私は毎日頑張っている。

現実とは真逆の自分を創り出し、その上で他者を悪く表現して、自己を良く表現する。

以前、学校の先生との連絡帳の中で、そんなことが書き綴られていることを見つけた時の奥さんはひどく悲しんだ。

 

そんな長女が「スマホを持ちたい」ということを僕たち夫婦に相談することなく

直接にじいじとばあばに相談したのだ。

初孫としてのポジションをうまく利用する点がまた強かだ。

 

初孫からの切実な相談を受ければじいじもばあばもイチコロ。

「なぜ孫にスマホを買ってやらん。」

「そんなに金が大切なら俺が買ってやる。」

「孫をなんで信用せんのか。」

「孫が可哀想だ。」

 

どれだけ説明しても平行線を辿る時間に奥さんがどれほど辛かったかは容易に想像がついた。

じいじとばあばと奥さんが言い争う光景

その事態を自ら招いた長女は、泣き出したそうだ。

その姿にじいじはまた声を上げる。

 

ママの悲しさに気づくぽたろうが

ワンワンわんわん!

と鳴き続けてママを守ろうと頑張る。

必死に守ろうとするぽたろうにさえ、じいじとばあばの怒りは向けられ

「このバカ犬が!どうにか躾けできんのか。殺してやろうか!」

などと悪態をついたそうだ。

怒りに任せて帰っていくじいじとばあばを、奥さんは当然に見送れるはずもなく。

 

心が折れた。

 

奥さんからの一方的な情報しか僕は持っていない。

でも

邪推なく偏見なく容易に想像がついた。

いや

邪推があろうと偏見であろうと、僕が守るべき人は奥さんだった。

 

「ママのそばに居てくれよ。」

とぽたろうに男同士の約束をして車を走らせる。

 

実家に入り起きていたばあばの話を聞く。

ひとしきり話を聞いた上で僕と奥さんの思いを伝える。

ちょうどじいじも起きて来てソファに座った。

 

スマホを持たせない理由

スマホを通じたトラブルが現実に多くあること。

スマホを持たずとも学生生活は成り立っていること。

共働きではない我が家は常に奥さんが娘たちの面倒を見てくれていること。

毎日毎日娘たちと向き合ってくれているからスマホを持たせるリスクが見えること。

そもそもスマホを持たせた方が親としては、「楽」だということを伝えた。

 

スマホを持たせない理由には、お金のことなんて微塵も関係ないし、長女を信用していないから持たせない訳ではない。

娘たちのことを守ろうとする、ただその一念だけだ。

 

血の繋がらない難しい年頃の娘たちを毎日毎日愛情深く育ててくれている奥さん。

日頃からじいじとばあばのことを気にかけてくれている奥さん。

お父さんを早くに亡くしている奥さんは、特にじいじのことを結婚以来ずっと気にかけてくれてきた。

 

そんな大切にしてきた両親から、毎日の頑張りに目を向けてもらえずに、孫の言葉だけで話を進められたことがどれほどに悲しいことだったか。

その思いや行動の全てを二人に伝えてきた。

 

でも

二人から返ってきた言葉は

「それでも孫が可愛いんだ。」

「母親なら血が繋がっていなくても娘を大切にするものだ。」

「嫁のことを悪く言われただけでこんな時間に来るとは小さい男だ。」

 

何を伝えても意見は平行線を辿るだけ。

怒りたくなる気持ちを抑えて冷たいほどに冷静に伝えた。

「今までお世話になりました。親子の縁を絶ちます。」

 

深夜2時

自宅に帰り、寝ている長女を起こす。

瞼をパチパチさせている長女に、夢ではないことを教えるために目がはっきりと覚めるまで待つ。

そして伝えた

「スマホが欲しい」と2年間言わせてあげられなかったことを謝る。

その上で「今回は順番が違った。」と伝える。

親に相談することなく、直接にじいじとばあばに泣きつけば、どんなことが起こるかは容易に想像がついたはずだ。

それをあえて選んだことをパパは許さない。

おかげでパパは大切な父親と母親との縁を絶ってきた。

そしてパパの大切な人をひどく傷つけた。

自分の欲を満たすためだけに「悲劇のヒロイン」を演じるには代償が大き過ぎたことを伝えた。

 

長女に伝わったかは分からない。

ただ見えてきた未来は「父子家庭」に戻るということ。

もうこれ以上に奥さんに辛い思いをさせることはしたくない。

 

朝、奥さんに別居もしくは離婚の意思を伝えた。

娘たちにもその意思を伝えた。

今までは奥さんが対応してくれていたこともこれでできなくなる。

だからスマホを娘たちに持たせてあげると約束した。

 

これで望みが叶った。

これでみんな幸せなんだろう。

でも、僕はちっとも笑えやしない。

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