僕の石川県珠洲市への災害支援活動も今回で17回目となりました。
能登半島地震の被災地は復旧真っ只中で
復興に向けて頑張っている現状なので
「振り返る」という言葉は適切ではないかも知れませんが
一つの区切りとして振り返らせていただきます。
令和5年5月5日発災の奥能登地震
その支援に入らせていただいたのが
珠洲市との初めての関わりでした。
ですので珠洲市は
僕にとっては本当に思い入れの深い土地です。
そこから半年
令和6年1月1日に能登半島地震が発生。
奥能登地震での活動の際に
僕たちがベース(拠点)としてお借りしていた家は玄関を残して全壊。
当時僕が支援に入らせていただいた家々も
今回の能登半島地震では全壊していました。
「崩れかけのブロック塀が危険だから除去して欲しい」と依頼され
ブロック塀を除去したお宅は
今回の能登半島地震で家が全壊し
住んでいたおじいちゃんおばあちゃんが亡くなったと連絡を受けました。
市街地は倒れた家屋や電柱で道路が塞がれていて
山あいは土砂崩れで道路が塞がれていて
海沿いは地震と津波とで街並みが破壊されていました。
僕が観てきた珠洲市の美しい景色が無惨にも破壊されていました。
令和6年1月1日の能登半島地震の発災直後からおよそ3か月は
「生きるための支援」を掲げて
被災地入りする各ボランティア団体が協力し炊き出しに専念してきました。
僕たち愛知人も愛知から食料を珠洲市へ運び入れて
避難所である小学校で毎日炊き出しを行い避難者さんへ振る舞いました。
道路が塞がれて孤立してしまった集落へも温かい食べ物を毎日届けに走りました。
慣れない炊き出しも
2か月も経ってくるとメニューも増やすことができて
効率良く
また、栄養のことも考えて配給することができるようになりました。
令和6年2月からはいよいよ住家に対する屋根の補修やブロック塀の除去
倒壊家屋からの貴重品の救出活動を始めました。
5月に入りようやく水道が使えるようになって
トイレが使える安堵が芽生えました。
水が使えない仮設トイレでの生活は
食や水分を制限する心理が強く働きます。
夏を前に水が使えるようになったことはこの上ない喜びでした。
暑い夏に入ると強い紫外線で
補助金で業者さんが施した簡易的な屋根補修が朽ち始めました。
土嚢袋が風化して
砂と化してそこへ草が芽を出す。
破れて飛んでいくブルーシート。
この時期からは
新規での屋根の補修活動に加えて
業者さんが施した屋根への補修活動が加わるようになりました。
それでも日本全国から仲間がたくさん集まって
毎日みんなで一件一件ニーズを完了させていきました。
このペースなら令和6年中には全事案を解消でき
愛知人も年内には撤退かなって話していました。
そんな矢先に発生した
奥能登豪雨、、、。
7月に支援に入らせていただいた大谷地区の街一帯が
3〜5mほどの土砂で埋もれてまた尊い命が奪われました。
この時初めて珠洲の人たちから
「心が折れた」
「絶望しかない」という言葉を聴くようになりました。
自然災害なんてもんは所詮僕たち人間には防ぎようもない。
やれることがあるとするなら
生き残った先で助け合い
支え合うことだけなんだと思います。
珠洲市への支援活動で
僕自身本当に多くの経験をさせていただきました。
振り返ってみると
凄惨な被災地の状況に
全く進まない復旧復興
増え続ける被災者さんからのニーズに対して活動が追いつかない日々に
疲れであったり
焦りであったり
想いの熱さで
仲間同士がぶつかり合うことも沢山ありました。
熱くぶつかり合う愛知人の仲間たちの怒りや悲しみが
時には僕にぶつけられることもあったけれど。
投げ返すのではなくて全部受け止めて消化してきました。
僕が敬愛する愛知人代表の博美さんが
かつて話してくれた言葉
「被災者さんは既に傷ついています。
だから僕たちボランティアは
ケンカしていてはダメなんです。」
本当に色々ありすぎて
僕自身も辛かったりしんどかった場面は多々あったけれど。
他者のせいにせず
全部受け入れて活動して来れたのは
博美さんの言葉が胸の中にあったからです。
そして
愛知人にはもう一人
僕が尊敬する男が居ます。
399日間ずーっと珠洲市に滞在して
全国から集まる愛知人メンバーの活動の調整を行なって来てくれた保さん。
保さんが居てくれたから僕らは存分に活動に専念できました。
僕が珠洲市に入ると
いつもハードかつ難しい案件を用意してくれた保さん。
「イノッチが来るから難しい案件用意しておいたよ」
ってハニカミながら話してくれる心意気が
僕はたまらなく嬉しかった。
几帳面で頑固者で無愛想。笑
一見すると正直
厄介で変なおじさんだ。
でも
常に被災者さんファーストで
被災者さんのために泣いてくれる保さん。
僕たちに見せる厳しい面は全て被災者さんへ向ける思いの現れで
本当は
めっちゃくちゃ優しくて温かくて本当に素晴らしい男
そんな保さんも僕たちが支援に入った今回の支援で
愛知人の活動から撤退し日常生活へ戻ることになりました。
珠洲市に入ってからの
保さんの通算活動日数は
399日
キリの良い400日としないところがまた
保さんらしいや笑
永らく珠洲のために愛知人のためにありがとうございました!
また一緒に活動できるのを楽しみに
僕も日々精進して参ります!
そして
甚大な被害を受け続けて来た珠洲市や能登半島ですが
空気は美味しく星が輝き本当に美しい場所です。
何よりもそこに住まう方々は皆本当に温かく優しくて素敵な方々ばかりです。
永い道のりですが
復興する能登半島を心から願ってます。
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